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第18話 スコップの聖女、泥まみれの魔女

last update Terakhir Diperbarui: 2025-10-11 06:07:02

「馬鹿な、擬態だとっ!? これは、シロガネウサギじゃない! |血啜り兎《ブラッドラパン》だッ!」

 研究員の絶叫が、惨劇の始まりを告げる。

 教員が、騎士たちが剣を引きぬく。あちこちから悲鳴が上がる。

「きゃあああああああああっ!!」

「い、いやああああああっ!」

 そこから恐怖の連鎖だったわ。

「ウサギの肉体に刻まれた術式っ、これは罠だ! みんな離れろっ!」

 教員が混乱を落ち着けようと、声を張り上げる。

 しかし、バージル殿下は待ったをかけた。

「ダメだ! 散りじりになる方が不味い! 周囲に何かが潜んでいるやもしれんぞ!」

 懸念は、すぐにその通りになった。

 最初の一匹が誕生すると、他のシロガネウサギたちまでもが、姿かたちを変え始めたの!

(あの群れが全部、本当は怪物だった!? いえ、もっと潜んでいるかも!?)

 もう、どこから襲われるか誰にもわからないっ!

 エイデンの宵闇は、一転にして、地獄の様相を呈していた。

「――くっ! ローラント、早く生徒たちを避難させろ!」

「はっ!」

 バージル殿下に命じられて、ローラント殿や騎士達が、生徒たちを庇うように前に出ようとする。

 でも、今はそんなことに感心している場合じゃない!

「グルルゥゥゥ……」

 出現したブラッドラパンは一番近くにいた無防備な獲物……ツェツィーリア様に、血走った視線を固定した。

「ひゃっ! いやぁっ! 来ないで!」

 腰を抜かし、後ずさるツェツィーリア様。

 絶望と恐怖に歪む顔に向かって、魔獣が、地を蹴る。

「危ないッ、ツェツィちゃん!!」

 瞬間、魔獣とツェツィーリア様の間に、割り込む影。

 ――なんと、それはルチアだった!

 彼女は、近くに立てかけてあった、作業用の鉄製スコップをがっしと掴み取ると、魔獣の突進を払いのけたのよ!

 ガギィィィィンッ!

 魔獣の爪と、鉄のスコップがぶつかり、火花が散る。

 常人なら吹き飛ばされているはずの衝撃を、歯を食いしばり、ルチアはバネのように受け流す。

「そんなことっ、させないんだからっ!」

 勇ましい雄叫びと共に、細く見えた腕でスコップを振りかぶると、魔獣に果敢に殴りかかる!

 金属が爪がぶつかり、拮抗っ!

「あなたに悪意なんて……殺意なんてなかったのに! どうして!?」

 ルチアは、決して悲鳴なんて上げないの。疑問がそこにあったとしても、迷いなんてない。

 土を掘るためのスコップを、長年使った相棒のように、力強く振るう。瞳に恐怖は確かにあるのに、退く気は一切ない。

 なんて勇ましいのかしら、あの子!

 じゃ、わたくしはどうかって? そこ、聞いちゃう?

 もちろん、わたくしも腰が抜けて、その場にへたり込んでいたわ!

(な、な、な、なんですの、アレは!? 聞いてませんわよ!? 牙を隠してるかもなんて、思い付きの嫌味ですのに! 本当に隠してたなんて!)

 頭の中は、完全に真っ白。

 ガチガチと歯の根が合わず、目の前の悪夢を見つめることしかできない。

(ひぃぃぃぃっ! こわい! 死んじゃう! みんな死んじゃうわ!)

 辺りは阿鼻叫喚のカオス。ウサギがすべて怪物に変わり、いつ新たな乱入があるかもわからない状態で、大混乱。

 みんな必死に逃げ惑うか、身をすくませるか……数少ない勇敢な人だけが、誰かを守ろうとしている。

 でも、わたくしはそんななか震えているだけ!

(怖いよぉっ、死にたくない! 誰か、誰か助けて! イヅル、イヅルはどこですの!? いつでも、わたくしを助けるっていったくせに!)

 ああっ。でも、ダメっ!

 魔獣は素早く、ルチアの一撃をひらりとかわし、逆襲に転じようとしている!

(ルチアがやられたら、次はツェツィーリア様。そして、わたくしよ!)

 思いきって逃げようとした。立ち上がろうとして、ばたん!

 木の根っこに足を引っかけて、頭から泥をかぶった。這いずって、口の中に土の味。

 恐怖が、限界に達した時。

 なぜか、脳裏にあの執事の声が聞こえてきたの。それはいつかの日に教えられた護身術。

《いいですか、お嬢様。戦場で最も早く死ぬのは、一番勇ましい者と臆病な者》

 勇ましい者、と……臆病な者。

 今のルチアと……わたくしやツェツィーリア様ですわ。

《貴女が生き残りたいなら、どちらになってもいけません。状況をゆっくりと見回して……》

 無様な格好で寝そべったまま、上半身を起こす。

 首を動かして見回せば、みんなの位置がわかるのだわ。助けが来るには、まだ時間がかかるって。

 偉そうなバージル殿下は前に出ようとしても、騎士たちに守られて、動けていないわ。生徒も教員も、目の前のことでいっぱいいっぱいなの。

《状況を把握したら……この勇ましい者と臆病な者を――》

 ええ。ちゃんと見回したわ。次は、どうしたらいいのかしら? イヅル。

《――さっさと囮にして逃げなさい。それが脱出口の目印になりますよ》

 ……ああ、なんて忌まわしい教えなのかしら。

 逃げなさいって。今まさにツェツィーリア様のために、命を投げ出そうとしたルチアを置いて?

「……嫌ですわ、そんなの」

 あの、憎たらしくて、でも馬鹿みたいにまっすぐなツェツィーリア様を?

 わたくしの髪型を真似て、キラキラした目で見てきた、あのルチアを?

 見捨てて……わたくし一人が、生き延びるですって。そんなの……。

「嫌に、決まってるじゃないのよぉぉっ!」

 誰が許したとしても。わたくし自身が許せないのですわ。

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